ロハスとはLifestyles of Health and Sustainability の頭文字をとった略語。
「健康意識と地球環境保護意識」の高いライフスタイルの意味です。
いちばん大事なこと―養老教授の環境論
| 「新書」という形式 |
養老先生とは、「新書」の形で出会うといちばんぴったり来る。
「バカの壁」のイメージのせいかもしれない。
単に私の理解力のレベルの問題かもしれない。
でも読書が脳への栄養なら、私にとっていちばん栄養があって
価格が手ごろでおいしいなぁ、と感じる書籍は、
先生の「新書」ということになる。
この本は、「集英社新書」である。
私は「環境」という言葉で議論される場に生じる雰囲気が
あまり好きではなかった。今でもそうである。
先生の本は好きでよく読んでいたけれど、
この本を読もうかな、と思ったのは最近になってから。
「ふーん、先生も"環境"について書くのか…」と思っていた。
そしてしばらく買わなかった。
読んでみたら、これは私がそれまでにイメージしていた
「環境について」の本ではなかったことに気が付いた。
「先生が」環境をテーマにして語った本だった。
私がそこに見つけたのは、やっぱり先生の姿だった。
「どちらかといえば、私は神より虫に選ばれたい。」
こんなことばが、さらっと書いてある。
| 自然保護とはでなく、自然とは何かを教えてくれます |
環境問題こそ最大の政治問題。人と自然の間に巨大な壁ができてしまった。(帯より)
身体を自然の一部だと認める事。これが難しいと養老先生は言う。
「ああすれば、こうなる」と思考することが脳化社会の基本だと言う。
虫の種類の減少や総数の減少を肌で感じている養老先生の、人類がこれから直面する
危機を日本人は真剣に考えなければいけないと思う。もちろん世界も。
DDTはノーベル賞を取ったが、その後の使用禁止を見ても明らかなように
昆虫を殺したが、人間にも害があることが分かった。
日本住血吸虫の撲滅のため宮入貝を絶滅させるために農業用水路はすべてコンクリート
で固めた。(おいらはその周辺の住民だから良く知っている)そしてメダカは居なくなった。
これらは、ああすれば、こうなる式の結果である。
日本の里山の手入れや、魚付き林の手入れは日本の素晴らしい自然の付き合い方だった。
欧米の単なる森林伐採等とは異なり、自然から恵みを得ながら生活を行ってきた。
コントロールと言うマニュアル化されたものは手入れではない、
すなわち自然との関わりをマニュアル化などできるはずもないので
あるから。
努力、根性、辛抱と言う日本人の国民性は自然との関わりの中で手入れをして得たものである。
遺伝子組換えや異種移植に関しても養老先生の指摘は及んでいる。是非研究者も読まれる事を期待する。
人間の細胞の一つすら作り出すことが出来ない我々は何処から来たのか?
それは自然であることは明らかではないだろうか。
養老先生の「逆さメガネ」で、自然保護と言う言葉はおかしいと
言っていたように思う。しかし保護と言わなければならない程の
現状であることを嘆かれているし、多くの日本人が感じていると思う。
| 養老先生の話の筋道が分かった気がする・・・・・ |
変な感想なのですが。
「この本はマイマイカブリが私に書かせたのである」とかいう導入部の締めの文、その一文に至るまでの実際にあった出来事や考察を読んでいて、日頃「面白いし魅力的だけど、筋道が飛躍して分かりにくいな〜」と思っていた養老先生の文脈がやっと分かったような気がしました(笑)
行間を読む、とはちょっと違うのでしょうが、話と話の間がこのように飛んでるから結論が飛躍しているように見えるのだな、と。。。
養老先生は頭がいいがゆえに、
「A→B,C,D→・・・というわけで、Eなのである」でなくて、「A→B,で、Eなのである」みたいに飛んじゃうのでは・・・・。
本の内容そのものより(それも興味深いんですが)、養老先生ってこういうことに興味を持っていて、こういう考えをしていらっしゃるのか、というのが改めて分かったような気がします。
☆分かられてたまるか、と言わないでくださいね、先生。
分かったような「気がする」ってことですから。
| 養老先生の大ファンになりました |
なんとなく養老先生ファンだった私は、これを読んで強固なものになりました。脳は単純だから「ああすればこうなる」式にあてはめたがるが、世界というのはもっと複雑であり、必ずしも予測がつかないことがたくさんある。だからこそ、「できないことは仕方ない」と辛抱強く努力を続ける根性が必要だと養老先生は言う。メリアム・ロスチャイルドの「自然史とは大学の教壇で教える科目ではない。それは、人間の生き方 a way of life です」という言葉に、私は養老先生の生き方を重ね合わせ、そして感動しました。
| 環境問題のプロから初心者まで幅広くお勧めできます |
環境問題の専門家ではない筈なのに、問題の本質を突いた鋭い指摘が幾つも登場します。ただし、解決策は示されません。それは我々一人一人が考えるものです。
著者が本質を見据えられるのは、意識の世界(=頭脳、都市、経済)と肉体の世界(=身体、昆虫、自然)の違いを「虫取り」や「解剖」を通じて体得しているからでしょう。
しかも、著者自身の中では、これらが繋がっています。区別されずに繋がっているのです。ですから、環境原理主義者の奇妙さが分かり、自然史学者がホンモノだと分かるのです。
環境原理主義者は、意識の世界の中で環境問題を理解した気になってしまい、自然の常識を知らないままで自然の大切さを説いている人達です。
ホンモノは、意識と肉体、社会と自然の関係を理解できますが、決して分かったふりをせず、自然を情報化しながら辛抱強く付き合うことができます。
里山、手入れ、魚付き林などなど、日本人は長い歴史の中から、そうしたホンモノの生き方を身につけてきました。そのことは、著者のほかにも多くの有識者が指摘しています。
しかし、都市化に従い、日本人の頭を意識の世界が支配するようになりました。そして、自然の常識を知らない間違った環境主義が横行しています。
本書は、環境問題を勉強し始めた方にも、既に生業とされている方にも、貴重な手がかりを示してくれるはずです。
